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2014年7月

徒然漫画語り―其の九十九・岩舘真理子『黄昏』

老いてゆく父と母。
見るべきものもなく、学ぶべきものもなく。
息子である自分の荷となり枷となるだけの、幸福で、愚かな両親。

黄昏に染まる砂浜で、息子はけれど真実を知る。
自らが心の内に抱えていた真実を。


…人にお貸し頂いて読みました。岩舘真理子さんももちろん名前だけは存じていた作家さんなのですが、なんだかんだ縁が無いまま今まで来てしまいました。
けれども、この雰囲気を懐かしみながら、行間から溢れ出る行き場を失くした悲しい思いに触れながら読み進められた気がするのは、どこかでこの方の系譜を継いだ物語を読んだからではないだろうかと、そう思うのです。

受け継がれるべき、系譜。
淡く儚い、夕闇の夢。

〝誰そ、彼は〟

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徒然漫画語り・其の九十八―美内すずえ『孔雀色のカナリア』

人間賛歌の作家・美内すずえが描いた、唯一の闇。

物語は『ジェーン・エア』を彷彿とさせるヒロインの独白によって幕を開け、展開していく。

貧しい母子家庭で、じゅうぶんな愛を得られずに、また不幸な事故で顔に大きなケロイドを残し多大な辛酸を味わいながら育ったヒロイン。母の今際に、自分には生き別れになった双子の妹がいることを知らされる。遠くから一目見るだけでもと彼女が養子に出された家は裕福で、そして傲慢に育った妹の仕打ちにヒロインは静かに、燃えるような決意を胸に抱く。「妹を殺し、彼女と摺り変わろう」と……。

かくて、物語はヒロインによる殺人譚となる。人は、堕せる。それこそが人なのだ。けれどもヒロインは、それでも人を愛するのだ。妹の婚約者と、妹を憎んでいた男と。悲しみの果てで彼女は、束の間の安息を知る。それを打ち砕くサイレンが刻一刻と近づくのを聴きながら。孔雀の羽根を隠れ蓑に王座に就いたカナリアが、今まさにその姿を暴かれ玉座から転落する予兆を胸に孕み。

何があっても希望を胸に抱き前進するヒロインを描き続けた美内すずえが、この1作で見せた、闇。異端の作。

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徒然漫画語り・其の九十七―坂本眞一『イノサン』

  人を殺めようとすれば
  同じだけの痛みが我が身を襲うんだ

  その覚悟を持つ者だけが
  この舞台の上で正気を保っていられるのだ…




これだけの物語を描こうとすれば、それだけの痛みが我が身を襲う。
その物語に触れた者もまた、その痛みによって引き裂かれる。

どれだけの苦しみと共に画面を埋めているのだろうか、と思う。
時代の荒波の悪戯によって歴史に、おそらくは不本意にもその名を残した稀代の死刑執行人シャルル・アンリ=サンソン。彼を描くということ。出自と共に彼が背負ってしまった、負い切れぬまでの悲哀を描くということ。

殊更に、ダミアン八つ裂きの刑の描写の凄惨な様。阿鼻叫喚の地獄絵図の合間に挿入される、幻想的なメタファーの夢のような美しさ。いや、それは本当に夢なのだ。地獄の果てよりも更に地獄めいたこの地上で、悲しき者たちが抱いてしまった故に美しすぎる夢なのだ。殺す者と、殺される者と。一見共鳴することなどありえないはずのその2人の夢が共鳴し合って、その処刑は共同作業となる。死にゆく者と、至らしめる者とで。

実際、しかしあの辺のくだりはそうでもなければ読み手として、とてもじゃなく耐え難い。総て終わったその後に、音楽すら奏で終わったその後に、涙を流すシャルルの美しさに更に心を抉られる。こんな時代が、おそらくは描かれたよりも無残で汚らしい時代が、本当に存在したのだ。いちばん恐ろしいのは、歴史を振り返っていつも感じるのですが、そのことなのではないかと思うのです。

そして、サンソンの赤い血の体現者としてのマリー・ジョセフ。彼女の存在はこの先、物語において何を示していくのだろう(彼女の地位は史実なのでしょうか? ネットごときでは調べても出て来ぬ…)。

ページをめくるのが恐ろしい。けれどもう、私は彼や彼女の生涯を見届けないわけにはいかない。もはや、眼を背けることは許されない。精緻な作画は寸分の狂いも無く、眼前にそれを突き立てる。

殺すも死せるも命がけ。
描くも読むも命がけ。




あと、最後にこんなこと書くのもアレですけど、シャルルがすげー好きですヽ(´▽`)/!!!

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